はじめに|地元・愛媛が舞台の作品を映画館で
先日、家内と一緒に映画『汝、星のごとく』を観に行ってきました。
原作は、凪良ゆうさんの同名小説です。
以前から気になっていた作品でしたが、その理由の一つが、私の住む愛媛県が物語の舞台になっていることでした。
映画や小説の舞台が地元だと、それだけで少し親近感が湧いてきます。
普段見慣れた瀬戸内海の風景や、聞き覚えのある地名が物語に登場すると、遠い世界の出来事ではなく、どこか身近な出来事のように感じられるものです。
今回も、そんな地元への親しみから興味を持った作品でした。
実は、この作品には少し変わった出会い方をしています。
通勤時間などを利用して楽しんでいるAudible(オーディブル)で、なぜか本編の『汝、星のごとく』より先に、スピンオフ作品の『星を編む』を聴いていたのです。
普通なら本編を読んでから続編という順番なのでしょうが、どういうわけか逆になってしまいました。
その後、映画を観に行くことになり、これは原作を知らないままではもったいないと思い、急いで『汝、星のごとく』を聴くことにしました。
こうして、少し慌ただしく原作を聴き終え、家内と映画館へ向かうことになりました。
今回は、原作をAudibleで楽しんだ後に映画を鑑賞して感じたことを、日記として残しておきたいと思います。
※ここからは、物語の内容や印象的な場面について触れています。
親の事情に振り回されながら成長する二人
『汝、星のごとく』は、瀬戸内海の島を舞台に、複雑な家庭環境の中で育つ二人の若者を中心に描かれる物語です。
主人公は、井上暁海と青埜櫂。
二人とも、決して恵まれているとはいえない家庭環境の中で、多感な時期を過ごしていきます。
本来であれば、親に守られながら自分の将来を考え、友人と笑い合い、恋愛に悩むような年頃です。
ところが、二人は親の都合によって、さまざまな問題を背負わされてしまいます。
親には親の事情があるのでしょう。
大人になった今だからこそ、人生には思いどおりにならないことがあるのも理解できます。
しかし、だからといって、そのしわ寄せを子供に負わせてよいわけではありません。
親の生き方によって、子供の生活や将来が大きく左右されてしまう。
そんな現実が、物語の中では容赦なく描かれています。
特に印象に残ったのは、二人が自分自身の人生を歩もうとしても、親との関係を簡単には断ち切れないことでした。
自分の幸せを優先したい。
けれども、親を見捨てることもできない。
その間で揺れ動く気持ちは、見ていて何ともやるせないものがありました。
親を大切に思うことと、自分の人生を大切にすること。
本来なら両立できてほしいものですが、現実には難しい場合もあります。
この作品は、そんな親子関係の難しさを改めて考えさせてくれました。
すれ違いと誤解が生む心の傷
物語が進むにつれて、暁海と櫂は少しずつ大人になっていきます。
お互いに大切な存在でありながら、それぞれが抱える事情や思いによって、二人の関係は変化していきます。
相手を思いやっているつもりでも、その気持ちがうまく伝わらない。
よかれと思って選んだ行動が、結果として相手を傷つけてしまう。
そんなすれ違いが、何度も繰り返されます。
映画を観ながら、何度となく「どうして、そこで本当の気持ちを伝えないのだろう」と思いました。
けれども、実際の人間関係でも同じようなことはあるのでしょう。
相手のことを大切に思うからこそ、言えないこともあります。
自分の弱さを知られたくないという気持ちもあるでしょう。
また、相手に負担をかけたくないという思いが、かえって距離を広げてしまうこともあります。
言葉にしなければ伝わらない。
頭では分かっていても、それがなかなかできないのが人間なのかもしれません。
二人の間に生まれた誤解や心の傷は、簡単に消えるものではありません。
それでも、長い時間を経て、少しずつ相手の思いや当時の事情を理解していく姿が描かれます。
若い頃には受け入れられなかったことも、年齢を重ねることで違った見方ができるようになる。
そんな時間の持つ力も、この物語の大きなテーマの一つだと感じました。
人は、過去に戻ってやり直すことはできません。
しかし、過去の出来事をどう受け止めるかは、時間とともに変わっていくのかもしれません。
二人の姿を見ながら、そんなことを考えていました。
親たちのだらしなさと、子供たちの苦悩
この作品で強く印象に残ったのが、主人公たちの親の存在です。
正直なところ、映画を観ていて、親たちのだらしなさには何度も腹立たしさを感じました。
もちろん、人間は誰しも弱い部分を持っています。
寂しさを埋めようとしたり、誰かに依存してしまったり、自分の気持ちをうまく整理できなかったりすることもあるでしょう。
しかし、その結果として子供が苦しむことになるのは、やはり納得できません。
親の身勝手な行動によって、子供が自分の希望を諦めたり、将来の選択を制限されたりする。
そんな場面を見るたびに、何とも複雑な気持ちになりました。
特に、子供が親を支える立場になってしまっていることには、考えさせられました。
本来、子供は親に守られる存在のはずです。
ところが、この物語では、子供たちが親の感情や生活を支える役割まで背負ってしまいます。
しかも、子供たちは親を簡単に嫌いになることができません。
どれだけ振り回されても、親への思いを捨てきれない。
その姿が、かえって切なく感じられました。
一方で、物語が進むにつれて、親たちにもそれぞれの弱さや事情があることが見えてきます。
だからといって、すべてを許せるわけではありません。
ただ、人間の感情は単純に善悪だけでは割り切れないのだと感じました。
親としての責任と、一人の人間としての弱さ。
その両方が描かれているところに、この作品の深さがあるのでしょう。
私自身も親という立場です。
子供たちが成長した今だからこそ、親の生き方が子供に与える影響について、改めて考える機会になりました。
子供の人生は、親のものではありません。
当たり前のことですが、その当たり前を忘れないことが大切なのだと思います。
先生の包容力が印象に残った
親たちの姿とは対照的に、強く心に残ったのが先生の存在でした。
物語の中で描かれる先生の包容力には、何度も救われるような気持ちになりました。
人は誰でも、他人の行動に対して、つい自分の価値観で判断してしまうものです。
「こうするべきだ」
「それは間違っている」
そんな言葉は、案外簡単に出てきます。
しかし、相手が置かれている状況や、そこに至るまでの事情を理解することは簡単ではありません。
この作品に登場する先生は、相手の事情を受け止めながら、その人自身を尊重する姿勢が印象的でした。
何かを一方的に押し付けるのではなく、相手が自分で答えを見つけられるように見守る。
そんな大人の存在が、どれほど心強いものなのかを感じました。
親が必ずしも子供にとって安心できる存在とは限らない。
だからこそ、家庭以外の場所に信頼できる大人がいることには、大きな意味があるのでしょう。
また、先生の姿を見ながら、人との接し方についても考えさせられました。
相手の話を聞くこと。
すぐに結論を出さないこと。
自分の考えを押し付けず、相手の立場を尊重すること。
どれも簡単そうで、実際には難しいことばかりです。
年齢を重ねたからといって、自然に身につくものでもありません。
先生の包容力は、物語の中だけでなく、普段の生活でも見習いたいと感じるものでした。
おんまくの花火と瀬戸内海の風景
今回の映画で、特に心に残った場面があります。
それが、島から「おんまく」の花火を眺めるシーンです。
「おんまく」は、愛媛県今治市で開催される夏祭りです。
地元愛媛の祭りということもあり、映画の中に登場したときには、思わず親近感が湧きました。
瀬戸内海の島から眺める花火。
夜空に広がる光と、海を隔てた向こう側の景色。
その美しさだけでも十分に印象的ですが、そこに登場人物たちの思いが重なることで、何ともいえない切なさが生まれていました。
花火は華やかで美しいものですが、一瞬で消えてしまいます。
そのはかなさが、二人の人生や心の距離と重なって見えたように思います。
さまざまな出来事を経験し、傷つき、遠回りをしてきた二人。
そんな二人の姿を思いながら花火を見ていると、自然と胸が熱くなりました。
思わずジーンとしてしまった場面です。
映画館の大きなスクリーンで見る花火は、やはり迫力があります。
それと同時に、静かな島の風景が、登場人物たちの心情をより深く伝えてくれているように感じました。
愛媛に暮らしていると、瀬戸内海の穏やかな景色は比較的身近な存在です。
しかし、映画の中で改めて見ると、その美しさに気づかされます。
穏やかな海。
島々の風景。
そして、海を隔てて見える街の明かり。
同じ愛媛県でも、私が普段暮らしている南予地方とはまた違った魅力があります。
地元の風景が物語の重要な場面に使われていることも、今回の映画を特別に感じた理由の一つでした。
Audibleで原作を聴いてから映画を観る楽しさ
今回の映画鑑賞では、事前にAudibleで原作を聴いていたことも、楽しみの一つになりました。
もっとも、最初に聴いたのはスピンオフ作品の『星を編む』だったのですが……。
今になって考えると、なかなか変わった順番だったと思います。
『星を編む』を聴いたときには、登場人物たちの関係や、それぞれが抱える思いについて、十分に理解できていなかった部分もあったのでしょう。
その後、『汝、星のごとく』を聴くことで、物語の背景が少しずつつながっていきました。
本編を知ったことで、先に聴いていた『星を編む』の印象も変わったように感じます。
そして、原作を聴き終えた後に映画を観ると、今度は文章や音声で想像していた世界が、映像として目の前に広がります。
登場人物の表情や、何気ない仕草。
言葉にしないまま伝わってくる感情。
そして、瀬戸内海の風景。
小説では自分の頭の中で描いていたものが、映画では具体的な映像として表現されます。
もちろん、小説と映画では表現方法が違います。
小説では、登場人物の心の動きや背景をじっくり味わうことができます。
一方、映画では、表情や風景、音楽などによって、言葉だけでは表しきれない感情が伝わってきます。
どちらにも、それぞれのよさがあります。
今回の映画は、原作の持つ世界観が見事に映像化されていたと感じました。
特に、親たちの弱さやだらしなさ、先生の包容力、そして主人公たちの心の揺れ動きが、印象深く描かれていました。
原作を聴いていたからこそ、映画の中の何気ない場面にも、いろいろな思いを重ねることができたように思います。
通勤時間を利用してAudibleを楽しむことが多い私にとって、こうした原作と映画の両方を味わう楽しみ方は、これからも続けていきたいものです。
そして、機会があれば、今度は正しい順番で『星を編む』をもう一度聴いてみたいと思いました。
最初に聴いたときとは、きっと違った感想を持つことでしょう。
家内と一緒に映画を観る時間
今回も、いつものように家内と一緒に映画館へ出かけました。
映画を観ること自体も楽しみですが、夫婦で同じ作品を観て、それぞれが何を感じたのかを話せることも、映画鑑賞のよさだと思っています。
特に今回のように、親子関係や人とのすれ違いが描かれた作品は、年齢や経験によって受け止め方が変わるのではないでしょうか。
若い頃に観ていたら、主人公たちの恋愛や将来への思いに、もっと強く共感していたかもしれません。
しかし、今の私には、親としての責任や、子供たちが自分の人生を歩むことの大切さも、強く印象に残りました。
同じ作品でも、観る時期によって心に残る場面が変わる。
それも映画の面白さの一つなのでしょう。
また、夫婦であっても、同じ場面を見て同じことを感じるとは限りません。
自分では気づかなかった登場人物の気持ちや、違った見方に触れることで、作品への理解が深まることもあります。
映画館で作品を楽しみ、その後も余韻を味わう。
そんな時間を、これからも大切にしていきたいと思います。
まとめ|人は傷つきながらも前に進んでいく
映画『汝、星のごとく』は、単なる恋愛物語ではありませんでした。
親の事情に振り回されながら成長する二人。
大切な相手を思いながらも、すれ違いや誤解によって傷ついていく関係。
そして、長い時間を経て、少しずつ相手を理解し、過去と向き合っていく姿。
そこには、人間の弱さや身勝手さだけでなく、誰かを思う気持ちや、相手を受け入れることの難しさも描かれていました。
人生には、自分の努力だけではどうにもならないことがあります。
周囲の人の事情によって、思い描いていた道を進めなくなることもあるでしょう。
それでも、人は自分なりの答えを探しながら生きていく。
この作品は、そんな人生の複雑さを感じさせてくれました。
特に心に残ったのは、人は過去を変えることはできなくても、過去の受け止め方を変えることはできるのかもしれないということです。
若い頃には理解できなかった相手の気持ちも、時間が経つことで少しずつ見えてくる。
傷ついた経験が消えるわけではありませんが、それでも前に進むことはできるのでしょう。
また、親たちの姿を通して、親としての責任についても考えさせられました。
一方で、先生の包容力には、人を支えることの大切さを教えられたように思います。
そして何より、地元愛媛の美しい風景が、この物語を一層印象深いものにしてくれました。
島から眺めるおんまくの花火のシーンは、しばらく心に残りそうです。
Audibleで原作を聴き、映画館で映像を楽しむ。
今回は、そんな二つの楽しみ方を通して、作品の世界をじっくり味わうことができました。
家内と一緒に観た映画『汝、星のごとく』。
切なさの中にも、人が生きていくことへの希望を感じさせてくれる、心に残る作品でした。


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