久しぶりの参加者席で味わう、春のいちご狩り

日記

今日は、妻と一緒に、所属している労働組合が主催する「いちご狩り」に参加してきた。
この行事自体は初めてではなく、これまでも何度か足を運んだことはあった。ただし立場はいつも組合役員。参加者を迎える側、つまりスタッフとしての参加だった。

受付を手伝ったり、誘導をしたり、時間を気にしながら全体を見回したり。そんな役割だったので、正直なところ、いちごを味わう余裕はほとんどなかった。甘そうないちごが目の前にあっても、「あとで」「仕事が終わってから」と思いながら、結局そのまま終わってしまう。
今思えば、少しもったいない時間の過ごし方だったのかもしれない。

今回は役員の任を離れ、純粋に「参加者」としての参加。
受付を済ませて、ビニールハウスへ向かう足取りもどこか軽い。妻と並んで歩きながら、「今日はちゃんと食べられるね」と笑い合う。そんな何気ない会話が、すでに楽しい。

ハウスの中に入ると、赤く色づいたいちごがずらりと並んでいた。
いちご狩り特有の、少し甘酸っぱい香りが広がっていて、それだけで春を感じる。子どもたちのはしゃぐ声や、「どれが一番甘そうかな」と話す大人たちの声も、場の雰囲気を和ませていた。

いざ食べ始めてみると、思っていた以上に一粒一粒がしっかりしていて、甘みも十分。
ただ、若い頃のように次から次へと、というわけにはいかない。数個食べると、もう満足感が出てくる。それでも、「これで終わりにしよう」と思った頃に、また一つ、赤くて形のいいいちごが目に入る。結局、そんな繰り返しだった。

食べられた量としては、正直それほど多くはない。
でも、1時間ほどの間、特に何かを急かされることもなく、妻と話しながらゆっくり過ごす時間は、思っていた以上に心地よかった。仕事や役割から少し離れて、ただ「参加する」という立場に身を置く。それだけで、同じ行事でも見え方がずいぶん違う。

役員として関わっていた頃は、全体がうまく回っているか、トラブルはないか、時間通りに進んでいるか。そんなことばかり気にしていた。
でも今日は、周りを見渡しながら、「こういう時間を楽しんでもらうために、この行事は続いてきたんだな」と、少し客観的に感じることができた気がする。

いちご狩り自体は毎年恒例の行事だけれど、自分の立場や気持ち次第で、受け取る印象は大きく変わる。
たくさん食べられたかどうかよりも、穏やかな時間を過ごせたことの方が、今日は印象に残った。

帰り道、車の中で「来年もまた行けたらいいね」と妻が言った。
その言葉にうなずきながら、季節の行事を、こうして普通に楽しめることのありがたさを、あらためて感じた一日だった。

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