最近の通勤時間にAudibleで聴いた作品の中で、とても印象に残った一冊が中山七里さんの『火と話す男』です。
中山七里さんといえば、テンポの良い展開と予想を裏切るストーリーで知られる作家ですが、本作も期待を裏切らない作品でした。
タイトルからは少し不思議な印象を受けますが、実際に聴き始めると、火災原因調査員というあまり馴染みのない仕事を通じて、火災、空き家問題、そしてテロという社会問題へと物語が広がっていきます。
今回はAudibleで聴いた『火と話す男』の感想をまとめてみたいと思います。
■ 火災原因調査員が主人公という珍しい設定
本作の主人公は火災原因調査員の不見神明良(みずがみあきら)。
火災現場に残された痕跡を調べ、出火原因を特定する専門家です。
普段の生活の中で火災原因調査員という職業に接する機会はほとんどありません。そのため、物語の序盤から非常に新鮮な気持ちで聴くことができました。
火災現場は燃え尽きてしまえば証拠も失われると思いがちですが、実際には焼け跡の中に多くの情報が残されていることが描かれています。
焼損の状況や燃え広がり方、残されたわずかな痕跡から真実を探っていく様子は、まるで刑事ドラマの鑑識や科学捜査のようでした。
タイトルの「火と話す男」は比喩的な表現ですが、不見神は焼け跡から火の声を聞き取るように原因を追究していきます。
その姿がとても魅力的でした。
■ 都内で相次ぐ不審火
物語では都内で不可解な火災が連続して発生します。
特徴的なのは、出火した建物だけが徹底的に焼失し、周囲への延焼がほとんどないことです。
火災は本来、周辺へ燃え広がる危険性があります。
しかし、まるで狙い撃ちしたかのように建物だけが灰になる。
この異常な現象に不見神たちは違和感を覚えます。
当初は空き家問題をテーマにした社会派ミステリーなのだろうと思いながら聴いていました。
近年、全国的に空き家の増加が問題となっています。
管理されない建物は防災上のリスクにもなりますし、地域住民にとっても悩みの種です。
私自身も地方で暮らしているため、空き家を目にする機会が少なくありません。
そのため、本作も空き家問題を中心に描く作品だと思っていました。
ところが、物語は予想外の方向へ進んでいきます。
■ 空き家問題の先にあった大規模テロ計画
物語が進むにつれて、単なる放火事件ではないことが明らかになります。
一見すると無関係に見える火災が、実は大規模なテロ計画へとつながっていたのです。
この展開には思わず引き込まれました。
中山七里作品らしいスピード感があり、真相へ近づくたびに新たな謎が現れます。
「なぜその建物が狙われたのか」
「犯人の目的は何なのか」
「次に何が起きるのか」
気になってしまい、通勤時間だけでは足りず、自宅でも続きを聴いてしまいました。
物語全体を通して感じたのは、現代社会の脆弱さです。
私たちは平穏な日常を当たり前のように過ごしていますが、もし悪意を持った人物が社会の隙を突いたらどうなるのか。
本作はエンターテインメントでありながら、その怖さをリアルに感じさせてくれました。
■ 炎を獣のように描く表現が恐ろしい
本作で特に印象に残ったのが炎の描写です。
不見神は火災を単なる現象としてではなく、生き物のように捉えています。
炎は餌を求めて暴れ回る獣のようであり、一度勢いを増せば人間の力では制御できなくなります。
Audibleで聴いていると、その表現が耳から直接伝わってくるため、文字で読む以上の迫力を感じました。
火は便利な存在です。
私たちの生活に欠かせません。
しかし一歩間違えば、全てを奪う恐ろしい存在にもなります。
実際の火災現場で活動する消防士や調査員の方々は、この恐怖と常に向き合っているのだろうと思いました。
火災のニュースを見ることはあっても、その現場の恐ろしさを具体的に想像する機会はあまりありません。
本作はその恐ろしさを疑似体験させてくれる作品でもありました。
■ 火と話す男とテロリストの知能戦
物語の大きな見どころは、不見神とテロリストとの攻防です。
焼け跡から真実を読み解く調査員。
証拠を消し去ろうとするテロリスト。
両者の戦いは派手なアクションではなく、知識と経験、そして心理戦によって進んでいきます。
犯人側も決して単純な悪役ではありません。
綿密な計画を立て、社会の盲点を利用しながら目的を達成しようとします。
そのため、物語に緊張感が生まれます。
「次はどちらが一歩先を行くのか」
そんな気持ちで聴き続けました。
ミステリーとしての面白さだけでなく、サスペンス作品としても非常に完成度が高いと感じました。
■ テロリストの生い立ちに考えさせられる
本作を聴いていて最も考えさせられたのは、テロリストの背景です。
もちろん犯罪は許されるものではありません。
しかし、なぜその人物がそこまで追い詰められたのか。
どのような環境で育ち、どのような経験を積んできたのか。
その部分も丁寧に描かれています。
普段の生活では、テロリストの生い立ちや境遇について考える機会はほとんどありません。
ニュースでは結果だけが報じられます。
けれど、その背景には差別や偏見、不条理な扱いなど、複雑な事情が存在する場合もあります。
本作を聴きながら、現実社会にも同じような問題があるのだろうなと感じました。
誰かを一方的に排除したり、偏見によって傷つけたりすることが、新たな悲劇を生むきっかけになるのかもしれません。
もちろん全てを正当化することはできませんが、人が極端な思想へ向かう背景を理解しようとする視点は大切だと思いました。
偏見や差別による不条理が少しでも減る社会になってほしい。
そんなことを考えながら物語を聴き終えました。
■ まとめ
『火と話す男』は、火災原因調査員という珍しい職業を題材にしながら、空き家問題、火災、テロ、差別や偏見といった社会問題まで描いた読み応えのある作品でした。
特に炎を獣のように表現する描写は迫力があり、Audibleとの相性も抜群です。
また、不見神明良という魅力的な主人公と、テロリストとの知能戦は最後まで緊張感が途切れません。
単なるミステリーではなく、社会について考えさせられる要素も多く含まれており、聴き終わった後にさまざまなことを考えさせられる作品でした。
中山七里作品が好きな方はもちろん、社会派ミステリーやサスペンスが好きな方にもおすすめしたい一冊です。


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