昨日、1月7日は「七草粥の日」だった。
毎年この日になると、正月気分がようやく落ち着き、日常が本格的に始まる合図のように感じる。
我が家でも、この日は欠かさず朝食に七草粥を食べるのが習慣になっている。
元旦から始まった正月休みは、普段よりも少し緩んだ生活になりがちだ。
おせち料理に始まり、餅、雑煮、親戚との集まり、テレビを見ながらの間食…。
年末年始はどうしても食べ過ぎ、飲み過ぎになり、気が付けば胃腸にずっしりとした重さを感じる。
そんなタイミングで迎える七草粥は、まさに体をリセットするための節目の食事だと思っている。
朝、台所から聞こえてくる鍋の音と、ほんのりと漂う青菜の香りで目が覚めた。
白いご飯と刻んだ七草を静かに煮込んだだけの、実に質素な料理なのに、この日の朝だけはなぜか特別に感じる。
派手さはないが、体にしみ込むような安心感がある。
食卓に並んだ七草粥は、ほんのり緑がかったやさしい色をしていた。
湯気を立てる器を手に取り、一口食べると、胃の奥までじんわりと温かさが広がっていく。
「正月の不摂生で痛めた内臓が、少しは整えられたかな」と、そんなことを思いながらゆっくり噛みしめた。
七草の名前は、
セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロ。
不思議なことに、この七つは毎年のように唱えているせいか、すらすら言えるようになった。
ただ、実物を見分けろと言われたら、正直ほとんど自信がない。
言葉としては覚えていても、自然の中でそれぞれを見分けられるほどの知識はまだ身についていない。
それでも、こうして言葉を受け継ぎ、行事として続けていくこと自体に意味があるのだろう。
七草粥の由来を思い返すと、平安時代から続く風習だという。
無病息災を願い、新しい年を健やかに過ごすための祈りが、この一杯の粥に込められている。
医療も栄養学も発達していなかった時代に、季節の若菜で体調を整えようと考えた先人たちの知恵には、改めて感心させられる。
忙しい日常の中では、こうした年中行事を省いてしまいがちだが、
七草粥だけは不思議と続いている。
正月の締めくくりとして、心と体を一度リセットする大切な時間になっているからだと思う。
朝食を終え、湯のみのお茶を飲みながら窓の外を見ると、冬の空は相変わらず冷たいが、どこか静かで穏やかだった。
新しい一年がまた静かに始まっていく。
大きな目標を掲げるわけではないが、まずは健康で、穏やかに、日々を丁寧に積み重ねていけたらそれで十分だと思える。
七草粥の素朴な味わいは、そんな気持ちにぴったりだった。
派手なごちそうもいいが、こうして体を気遣う一杯があることで、今年もちゃんと前に進める気がする。
今日からまた、普段通りの生活が始まる。
仕事も家庭も、特別なことはなくても、こうした小さな節目を大切にしながら、一年を過ごしていきたい。
来年もまた、この日の朝には、同じように七草粥を食べながら、同じようなことを考えているのだろう。
そんな平凡で穏やかな時間が、何よりありがたい。


コメント